アメリカの音楽事情と「言霊(ことだま)」
2015/10/29

今、時代はEDM(エレクトリック・ダンス・ミュージック)全盛期です。
生演奏というよりは、コンピューター上で作られた音が主流。
そういう背景もあって、全ての音はコンピューターで作られ、実際のシンガーがレコーディングするときも、コンピューター上で、録音後の声を全ていじる事が可能なので、タイミングや音程が多少ずれていても、コンピューターで修正が可能なのでです。
いかに生演奏が難しいかという事がお分かりいただけるかと思います。
アメリカでは、そういったデジタルサウンドなEDMが大ブレイク中。
どこもかしこも、デジタル音でいっぱいで、生演奏の隙が全くありません。
同じミュージシャンとしては、納得出来ない事でもあり、しかし、時代の流れ的には仕方のない事なのかとも思うところであります。
ですが、そんな生演奏とはかけ離れた音楽事情の中で、とても許されない事態がアメリカでは多く起こっています。
それは、楽曲の大事な部分であり、言葉の表現力である「歌詞」の内容。
世界中で有名なアーティストが、放送禁止用語をたくさん使っていたり、とても卑猥な表現を多く入れていたりするのです。
多くのプロデューサーやレコード会社からすれば、CDが売れないこの時代に、なんとか集客をするために時代に便乗して「汚い言葉」を「カッコよく商品化」させているだけに過ぎないのかもしれませんが、この楽曲を聴いているのはまだ大人ではない多感なティーンエイジャー達。
そんな彼らがこういった音楽を「いいものだ」と受け取ってしまうことが非常に悲しい事であり、将来的にも不安なことだと思うのです。
言葉は、人を簡単に傷つけます。
小さい頃から学んで来た、大切な事です。
なのに、悪い言葉や卑猥な表現力で埋め尽くされた楽曲を真っ昼間からラジオで流してしまってもいいのかどうか、とたくさんのミュージシャンやプロデューサーが立ち上がり始めています。
一昔前の、生演奏で勝負して来た音楽はラブソングと言えば「愛」を語り合うものでした。
悲しさ、悔しさから得るものを、明日への力に変えるものでした。
決して、お金や宝石を見せびらかしたり、銃で威圧したり、性的な卑猥な文句を並べるものではありませんでした。
日本はどうしてもアメリカの音楽楽曲に影響されます。
まして、その音楽が英語であるからこそ、真っ昼間から聞いていても「歌詞」の意味が伝わらない悲しい部分でもあります。
「この曲大好き、とってもいい曲。元気になれる!」と思って聞き込んでいる曲が、実は女性を批判するものだったりするわけです。
音楽は「音」を「楽しむ」もの。
それが「音」を「汚すもの」になっていると思う、今の時代のアメリカ音楽。
「言霊(ことだま)」という言葉があります。言葉には意味が宿るという事です。
あなたが歌っている曲は、あなたの口から言葉が放たれて始めて意味を持ち、それを聞いている人に伝わる訳ですね。
私は、楽曲を制作する立場の人間として、また、歌い手として、その「歌詞」はとっても大事な部分だと思っています。
その歌詞に共感し、支えられ、励まされ、感動し、納得し、また前向きになって頑張れる。
時にその歌詞の美しさや、自分の人生と照らし合わせて涙する事も、ああそうだ、と改めて気付かされ聞くたびに力をもらい、それが原動力となって動き出すきっかけとなることも、やはり言葉の持つ力だと思うのです。
今一度、あなたの好きな曲もよく聞いてみてください。
その歌詞が、あなたの気持ちをプラスに変えてくれるものでありますように。